第5話

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生まれた時から電池が足りないことは知っていた。 そんな気がしていた。わたしの見る世界はいつも雨が降っていて、輪郭がはっきりしない。歩き出せば重い雨に阻まれる。周りには人がたくさんいたけれど、黒く揺れる人影は触れられるのか分からなかった。だから触らなかった。消えそうな気がしたから。 雨が降っているのは電池が足りないからなのだ。わたしはそう思うことにしていた。わたしの体は電池で動く機械で、電池が切れかけているから上手く動かせないしちゃんと世界を見ることもできない。 右手を見つめるけれど、その右手が自分のものなのかが思い出せない。しかしはたして自分の体が自分のものかどうかは思い出すものだっただろうか。 わたしは雨の当たらないわずかな場所で独りうずくまっていた。長いことじっとしていた。でも電池が切れてしまいそうだからといって、ずっと動かないのも退屈で仕方がない。電池が切れるのが早まるかも知れないけれど、構わない。動いてみようか。わたしは立ち上がった。 足を動かしてみよう。左足を一歩。雨が絡まって歩きづらい。でも、一歩だ。わたしは歩き出したのだ。踏み出した左足を支えにして、右足も前に送る。体が足につられて前に出る。雨が頭を打つ。 電池を探してみるのもいいかもしれない。電池がどこにあるかなんて見当もつかないのだが、とにかく歩いて探すのだ。 雨が絡まって重い。歩幅がどんどん小さくなっていく。雨が当たらない場所に戻れなくなるかもしれない。振り返った。黒い人影が見えた。雨で輪郭がはっきりしない人間の形。
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