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スチルは上に跳ね、その蹴りを避けると、振り上げた刃物を化け物の眼へ一気に突き立てた。
銃弾すら弾くような超硬度の肉体とは違い、眼球ならば……
果たしてスチルの思惑通り、刃は化け物の瞳孔の中に沈んだ。
上がる絶叫。滴る鮮血。化け物は目許を押さえ後退る。
大きく膝を落として着地したスチルは直ぐさま立ち上がると、化け物へ向かって大きく踏み込む。腰を落とし、突き出した足の爪先に全体重を載せ、右拳を肩より後ろへ振りかぶる。
「はっ」
掛け声と共に拳を化け物の胸部へと突き出した。飛燕の速さで打ち出されたそれは鈍い衝突を立てる。
吹っ飛ぶ化け物。
咆哮するそれは両足を地に突き立て停止しようとする。しかし勢いを殺し切る事は出来ず、二本の轍を描く。結局、化け物は両手両足を地に付けた地を這うような体勢で停まった。
もう身体は限界を迎えているのか、吠えるばかりで身体が思うように動いていない。動かせていない。
「……」
無言のスチルは懐から手榴弾を取り出すと、眼前に投擲した。そこにいるのは移動もままならぬ化け物。
数拍遅れて焼夷弾が爆ぜる。そして炸裂音。
膨大な熱量が爆風を巻き起こし、波濤となってスチルの矮躯を揺るがす。業火は月へと向かって燃え上がり――そして、その一瞬の後。
そこには、地に伏す化け物の残骸があった。
摂氏千度近い炎に焼かれた肉体は、炭となって風に飛ばされる。月の白い光を帯びて、それらは何処へともなく散って行く。
そこには一種の美しさがあった。
「醜い」
少女は感情の篭っていない冷え切った声色で呟く。
「全く、スチルは酷い奴だにゃー」
いつの間にかスチルの格好は白い警察の制服へと戻っており、そしてその隣りには喋るガジェの姿があった。
その肉体を朽ちらせた化け物と、黒い毛並みの猫と、銀の髪と双眸を持つ少女の合間に沈黙は訪れる。
暗転。
雲は月を覆い隠すのであった。
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