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ケンジはそのまま鞄を手に持ち、うつろなようすでマユリのほうへ歩を運んだ。フローリングに転がるモバイル端末を拾うと「また」といって、しずかに部屋をでていった。
マユリはあとを追いかけない。玄関のドアがしまり、アパートの階段をおりる音が遠ざかる。
静寂が部屋をつつんだ。その場にマユリはくず折れた。ショートパンツだけ履いたトップレスのままの格好で、へなへなとフローリングに座りこむ。
「あっ……あっ……」
胸も顔も手で覆うことはせず、ななめうえの天井をネックレスの猫目石といっしょになって見あげながら、喘ぐように泣いていた。
いつかのセックスのときとは違う、とてもかなしい喘ぎ声だった。
そのままマユリはしばらく泣いた。おれは知らん顔をしてその場を離れるわけにもいかず、だからといって気のきいた言葉もかけられるはずもなく、ただただ黙ってマユリのとなりへ足を進めた。無言のままフローリングに座りこむ。彼女にそっと身体をよせる。
真夏の暑さと体内の熱で、マユリの身体は燃えるように熱かった。
それからどれほどたっただろうか。涙の枯れたマユリがぼそっと口をひらいた。
「ダンちゃん。今日は……」
喘いだせいか、がらがらに声がかすれている。おれは言葉の途中でうなずいた。泊まっていくよといったニュアンスのうなずきだ。いくら空気が重苦しいといっても、さすがに今夜はマユリをひとりにするわけにはいかなかった。
「ありがとう」
そういってマユリはおれによりかかる。気分の重い女は体重まで重くなっているようだった。
その夜は、ベッドではなくそのままの体勢でマユリと寝た。寝たといっても、身体の関係があったわけではない。いくら気持ちのいき場を失った女でも、そこまでやけっぱちなことはしない。おれだって、メスではないそんな女の性の相手になるつもりはない。するならば、なぐさめではなく欲望だけのほうがいい。
マユリはその晩、おれの身体を抱きしめることもせず、頭をなでることもしなかった。ただ身体をよせてくるだけ。おれは抱かれもしないおとなしい抱き枕かぬいぐるみにでもなった気分で、その役を演じ続けた。明けがた近く、おれがうとうとしていると、ひとりごとのようにマユリが話しかけてきた。
「私、だめだね」
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