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――五年。
それは長いようで、あっという間だった。
亜希が事務机に向かって仕事をしている姿をチラチラと見ながら、夢じゃない事を繰り返し確認する。
――亜希がいる。
――目の前に。
その事実に固く閉ざしたはずの心の扉は、今にも鍵が壊れて解き放たれてしまいそうだった。
――触れたい。
手を伸ばして、引き寄せて、抱き締めたい。
しかし、その感情と共に、この五年間、ずっと秘めてきた想いを拒絶されまいか不安にもなった。
「……何か用?」
長く見つめ過ぎたせいで、気が付いた亜希が怪訝そうな顔で見つめ返してくる。
「いや、何でもないよ。」
「――嘘。目線が左下を見た。」
そう言って「これでも心理学を四年間、勉強したんだから」とむくれる。
「……で、ご用件は?」
「――内緒。」
久保がしらばっくれると、亜希はますます河豚みたいにむくれる。
「――さては、お主、この部屋が広くて快適だから、狙っているな。」
そして、「この部屋は、渡さないんだからね」と亜希が茶目っ気たっぷりに言う。
「何を言い出すかと思ったら……。」
ハハと声を上げて笑う久保に、亜希は頬を膨らまし、眉を寄せる。
「じゃあ、何なのよ? 気になるじゃんか。」
「そんなに聞きたいか?」
「――もったいぶらないでよ。」
口を尖らせる亜希に、久保は優しい眼差しを向ける。
「……綺麗になったなあって思ったんだよ。」
蛹から蝶へと変わるみたいに、亜希は綺麗になっていく。
昔みたいに「可愛い」と思うのとは違って、一人の女性として「綺麗だ」と思う。
――改めて魅了される。
緩やかに波打つ髪を掴んで、その括れた腰を支えて口付けたい。
しかし、その妄想は亜希の嬉しそうな声で途切れた。
「そうでしょ!」
「『そうでしょ』って……。」
「朝からさっきまで掛かったんだよ? この部屋の掃除。」
「――は? 掃除?」
「うん、本棚を移動したり、机の位置を変えたり。」
そう言われて周りを見れば、前任者が居た時と本棚の位置が違う。
「一人で本棚、運んだのか?」
「うん。中身を抜いて移動させたの。」
その答えに久保は短くため息を吐くと、肩を竦めた。
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