第九章 雪と藤と……そして、月

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「……」 「……そ、その……、なんやったら、私が寝付くまでで()いんで……」 もごもごと口ごもりながら、次第に、か細くなっていく声。 視線も徐々に下方へと下がっていくのに併せて、どこの誰かも分からない人物に首筋に付けられた痕を片手で押さえる。 沖田さんが唐突に示した私への拒絶と距離感。 その事実が一瞬にして私を不安に(おとしい)れた。 かなり厚かましく、とんでもないお願いをしているのは百も承知だ。 その為、沖田さんの顔が見れず(うつむ)くしかない。 先程、忠兄が見た事実を沖田さんへと淡々と伝えた際、私も同席して一緒に聞いてしまったのも良くなかったのかもしれない。 不安が恐怖を呼び起こしてしまったのか、今になって、夕方、自分の身に起こったことが脳裏に一気にフラッシュバックしてしまい、その時、感じた恐怖が襲われた時と同様に一遍に()し掛かってきたのだ。 しかも、最悪なことに、あの時耳元で告げられた言葉まで思い出してしまった。 (……だって、あの人、『お楽しみは今度』って訳の分からんこと()ぅてた……。忠兄は聞こえてへんかったみたいやけど……。この痕って藤堂さんも()ぅてはったけど恐らくキスマークやし……) あの時、ピリッと首筋に感じた痛さを思い出し、尋常じゃない程の不快感を感じると共にゾッと血の気が引く。 (しかも、男装姿の私に……。一体、誰がこんなことしたんかなんて全く見当もつかへんけど、背後からいきなり襲ってきて、こんなもん付けていくって、冷静に考えて、めっちゃヤバい人やん……) 男装している女とバレたのか。 襲った側に衆道の気があったのか。 そんなこと私が預かり知る筈もないが、どちらにせよ何の断りもなく、まるでマーキングするかの如く、こんな気持ち悪いものを勝手に他人の身体にいきなり残していくなんて、普通の人がすることじゃない。 現代だったら、完全に犯罪だ。 幕末の常識がどうなのかは知らないが、そんな風習があったなんて聞いたこともないし、少なくとも現代人の私が許容出来ることではない。 (……もし寝てる時に、(ふすま)であれ障子であれ、いきなり開けられて襲われたら――――?) そう。 いつものように就寝時、部屋の真ん中を屏風で区切るとなると、庭に繋がる障子側でも、廊下に繋がる襖側でも当然一人になる。 無論、若い男女が同部屋で寝るわけにはいかない、という理由から、屏風で部屋を区切っているのだから、一人になるのは当然なのだが……。 昼間のあの調子じゃ、例え起きていたとしても、焼け石に水、だ。
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