あんなに一緒だったのに

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 不鮮明な既視感、認識出来る視感覚に広がる無色彩。  自分以外の記憶の根幹を容易に取り出せないセピアの空間で、独り佇んでいた彼が自分を自覚すると、その自我が微かに起動を開始する。  それから不意に、目にしたモノに塵芥程度の疑心すらも抱かず、ただただ視界に映る世界に、素直に反応して、自然とその言葉を口にした。  「舞?」  舞、そう呼ばれた少女は、少し不満気に返事を返す。  「そうよ幸二。わたしは舞、それともわたしを見て、誰かと間違えた?」  彼の名は東野幸二と言う。今幸二の前に、初にして元カノである舞……森谷舞と言う美少女は立っていた。  黒縁の眼鏡をかけて。  その舞の容姿が少なからず幸二を動揺させていたのだが、舞は幸二にお構い無しに、言葉を綴る。  「優勝おめでとう幸二、流石はわたしの自慢の彼氏、ヤッパ原動力は愛のパワーっすか?」  違和感に惑うも、幸二は「当然」と舞のノリに乗っかる。  すると舞は「恥ずかしいけど……約束通り初めての、キ……スを許す」と頬を紅く染め、うつむき加減で答えた。  「……そうだった。約束だったね……舞」  幸二は反芻するように呟いた後で、何かを思い出した。  それからあやふやだった幸二の視界が暗闇に支配されて、静寂な世界にただ1人残された。  そこで幸二は、つい叫んだ……  過ぎ去った過去で……  幸二がその人生で真実(ほんとう)に愛した最愛の女性(ひと)に…………  ボクを置いて逝くなと!
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