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僕は小さな声で明里にただいまと言う。
言って、スーツを着替え、ピアノを弾く。
彼女が眠っている時は、決まってソフトペダルを使わないピアニシモの練習曲を。
しばらくして目を覚ました明里は、ぼんやりとしたまま上半身をもたげてまぶたをこすった。
「んー……ひびき?」
覚醒しきらない頭で、条件反射のようにピアノの音とペダルを踏む足で明里は僕の名を呼ぶ。
のそのそと這って足元に寄ってくると、擦り寄るように膝に顎を乗せる。
これも、最近のお気に入りのようだ。
「おかえり……」
「ただいま。明里。もう寒くなる。そんなとこで寝ていたら、風邪を引くよ?」
手を動かしたままで言えば、彼女はんー……、と気のない返事しか返さなかった。
「どうした? なんか元気ないね」
いつもと様子が違う。
僕は手を止めて、膝の上の明里に触れる。
彼女は、ひどく熱を持っていた。
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