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握り飯を包んでいた風呂敷を弄びながらため息をつくと、桜井が戻って行った方角とは反対の道に一平が立っているのに気がついた。
可奈を湖から発見した時以来だ。
あの時の、悲しみで我を忘れて取り乱した一平の姿が思い出される。
今立っている一平は、まだ少し悲しそうな、何か物いいたげな顔をしていた。
服部が声をかけようとするより早く、一平が
「なんで誰も服部さんの言うこと、信じないの?」
と悔しそうに言った。
「聞いてたのか」
一平は肯いた。
「服部さん、今まで嘘ついたことないし、可奈ちゃんのことだって見つけてくれた。それなのに桜井さんは、なんで服部さんのこと信じないのかな? ぼくは信じるよ! 化け物はいるんだ!」
一平が今にも泣き出しそうな顔をしながらも、あまりに真剣なまなざしで言うので服部は驚いた。
だけど無条件で自分の言うことを真に受けてくれる存在は、例え子供といえどありがたい。
そう感じた時に、初めて自分が孤立無援な状況にいたのだと知った。
「お前のおかげで力が出てきた」
服部が立ち上がって一平のそばに寄ろうとした時、その背後にあった木の陰から人が現れた。
それが多恵だったので、服部は足を止めた。
その視線に気づいた一平が、やっと多恵の存在を思い出したらしく
「あっ、この子、浅陽村から服部さんに会いに来たんだって。一緒に来たんだ」
と慌てて言った。
多恵は相変わらず大人びた笑みを浮かべている。
服部と多恵の間にどこか微妙に漂う緊張感を、一平は感じ取ることができていない。
「ぼくもお手伝いするよ。何をしたらいい?」
一平は、親友の可奈を手にかけた化け物を退治するのに協力したくて仕方がないようだが、服部は、一平と多恵を接触させたくなかった。
多恵はどこまでが「大丈夫」なのか未だに分からない。
しかも今まで自分の前にしか現れなかった多恵が、一平と一緒に歩いて来るだなんて警戒すべきだ。
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