紅葉

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家に入ると髪を結い直し武家姿に戻る。息苦しい。 町人姿の方が自分はあっている気がする。 女中のハナもだいぶ歳を取った。てきぱきと身支度を手伝ってくれる。 「征鷹様、御立派になられて・・・ハナはうれしゅうございます」 袖で涙を拭っている。 「それ程偉くなっちゃいないよ。兄上も出世しているみたいじゃないか」 「征鷹様が、お殿さまのお傍近くに居られるので、殿さまからの覚えもめでたく・・・」 「それ、父上や兄上の前でいっちゃ駄目だからな」 「それはもう・・・ただハナは悔しいのです。征鷹様のお陰で御出世しているのに、わが手柄のように言われているのは癪に触るという物」 「ハナは俺贔屓だからな」 嗤ってハナの手を取った。 「もうここには来れぬやも知れぬ。ハナ達者で暮らせ」 「おぼっちゃま・・・」 ハナはその場で伏せて号泣していた。 疾風と共に家族が待つ居間へ急ぐ。無口な疾風が一言切り出した。 「あなた様がなぜ殿の想われ人なのか少しわかった気がいたしまする」 「ああ?なぜだ?俺には全然わからんが・・・なぜ殿が俺に執着されるのか今もってわからん」 「本当に面白い方ですな。全く御出世にも興味が無い様子」 「ない」 即、断言した。 「俺は面白可笑しゅう生きれればよかった。人と違う人生を歩めて、今のところ満足だ」 家族全員が揃った所に最後に入る。 「父上、お久しゅう。征鷹お城より戻りました。これなるは殿のお庭番の一人、疾風でございまする。今宵の宴に混ぜては頂けぬか」 驚いた疾風が小声で 「お庭番とは庭に居るからお庭番でございます、宴に出るなどもってのほか」 「いいではないか、殿からは私を見張れとのお達しであろう?傍に居ろ。 ではそういうことで・・・疾風の膳も頼む」 疾風も諦めて溜息をつき 「なんて目茶苦茶な・・・」 さすがあの殿にしてこの方あり・・・だな。下を向きクスッと笑った。
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