序章

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今日は一段と寒い、布団から起き上がるが憚られる。障子からさす光は温かなのになぜ空気はこんなに冷えるのか。 さっきから女中のハナが何回も呼びに来ている。もう起きねば、今度はハナが叱られるのだ。もぞもぞとしながら勢いをつけて起き上がった。 「えいっ!」 掛け声でも出さないと起き上がれない。足元から深々と冷えてくる隙間風。寝間着の裾を直して障子を開けた。 どおりで・・・そこは一面の”白”。音もなく、色もなく・・・無の世界。 着物の合わせをぐぐっと引き寄せ上に羽織るとハナが急いて寝間に入ってきた。 「若様、早く着替えくださいませ」 「ああ、申し訳ない」 ハナの着せ掛けてくれた着物を身に纏い、顔など洗ってから食卓へ急ぐ。 座敷には家族全員揃っていて、正面の上座には父の篠山 征十郎、母 の菊、兄 の征太郎、一つ空けて妹の紗枝が善を前に座っていた。 「遅くなりまして申し訳ありません。父上」 「相変わらずだらしのない奴だ。菊、どうなっておるのだ」 「はい。申し訳ございません」 「私がだらしないのは母上とは関係ございません」 「バカもの。口答えをするな!」 母は震えてただただ頭を垂れている。私をチラチラ見ながら、小さく首を振っているのが哀れに思えた。 兄・征太郎が一言口をはさむ。 「父上、朝餉が冷めてしまいます。あのできそこないの事は放っておかれてはいかがかと・・・」 「うむ・・・」 このいかにもクソ真面目そうな兄は弟の俺を見下している。 今度、大した事のない階層の武家の家柄でありながら、その働きが認められ(本当か?)お城に出仕することが決まり、父も鼻高々だ。 朝からなんて気分の悪い日なんだ。更に悪い事が追い打ちをかける。 「お前は明日、大安吉日に元服することと相成った。ご家老の驫木様からお名前を頂戴し『征鷹』と名を改め殿のお傍に出仕するよう言い渡す、よいな、征汰」 「そんなっ」 「口答えは許さん」 数えで十四になった。そろそろとは思っていたが・・・急に・・・それも殿さまのお側用人とは・・・父はどのような袖の下を送ったやら。   征汰は深い溜息をついた。
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