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「笑うなよ」
補佐はそう言うと、軽く握った拳を私の左のこめかみに向かってパンチを繰り出してくる。
それを甘んじて受け止めると「うにゃっ」て声が漏れた。
「お前猫かよ」
「や、違いますけどっ」
別に甘くもないはずなのに、そのやりとりがなんだか落ち着かなくて、補佐の隣にピッタリと座っている今の現状が途端に気恥ずかしくなってきた。
――なんで、うにゃ、とか言っちゃったの私!!
心中でドキドキしながら焦っているのに、何でもないそぶりを見せようと前髪を撫で付けるふりをして表情を隠した。
けれど補佐は何ごともなかったかのように振る舞い、話を元に戻した。
「人間さ、そんなもんだよ」
「え?」
「見た目とか地位とかさ、お前の言う声? とか。自分にとってのパートナーがいるいないってこととは、関係ないって話」
「……」
つまりは、見た目とか声とかでは彼氏や彼女が居るか分からないってことだよね?
「だからさ、そんな見も知らぬ男の、適当な意見で傷つくなよ」
そう言って補佐は顔を顰めて私をチラリと横目に見た。
その顔を見て、やっと気が付いた。
補佐はゆっくりと外堀をじわじわ埋めて、私を適度に笑わせて。
自分を落としてでも、私を慰めてくれようとしてるんだってこと。
そのことに今の言葉で気が付いて、止まっていたはずの涙がまたうっと瞼の裏に集まってきた気がした。
「俺、江藤はイイ子だとと思うぞ。だから自信持て! な?」
そう言って私の左肩をバシッと叩いた。
「ったた」
若干だけど強めに叩かれたことに、わざとらしく眉を顰めていると「涙、止まったか?」って尋ねながら、とても優しい目を私に向けてくれた。
肩に乗せられたままの大きな手が、熱い――
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