桜とスーツと携帯電話。

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一人リビングに残った瀬名は、食べ掛けだった焼きうどんに再び箸を伸ばした。 …ふと、テレビボードの上に無造作に置かれた、先週購入したばかりのDVDが目に入る。 もとはゲーム媒体の作品が人気を博し深夜アニメとなったものだが、やはりどう考えてもマニアックだ。 購入者の大半が、いわゆる『腐女子』と呼ばれる一部の女性層であると言っても過言ではないからだ。 瀬名はこの作品のキャラクターデザインを手掛けたイラストレーターが以前から好きで、シリーズ品はほぼ全て制覇していた。 (これ観てたら寝ちゃって、目が覚めてすぐ水上さんに逢ったんだっけ…) 記憶の中での水上が囁く。 真っ直ぐな瞳で、こちらを見据えて。 “一目惚れなんだ―――” もし、営業トークなんかじゃなく本気で好きになってくれたのだとしたら、 一目惚れなら尚更、内面の自分を知って幻滅するんじゃないだろうか。 瀬名はテレビボードの上のDVDを手に取ると、そのジャケットをじっと見つめた。 (こういうのが好きだって知ったら、やっぱりひいちゃうのかな…水上さんも…) 彼も遠ざかって行くのだろうか。 沙那の言う通り、自分の元から。 過去に去っていった人達と同じ様に―――。 水上から与えられた胸の高まりは、今宵はもう思い出せそうにない。 代わりに生まれたのは、深い溜め息と、脳裏に過る苦い過去。 (…そうだ、電話しなきゃ) 瀬名はDVDを元のテレビボード上へ戻すと、見つかったばかりの携帯を固く握り締めた。
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