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昼間の眩しいくらいに暖かな陽気さとは打って代わり、肌寒さを感じる夕暮れ、午後六時。
水上は一時間前に営業先から帰社し、残された事務作業を黙々とこなしていた。
自分のデスクに向かい、資料を睨んではひたすらにキーボードを叩いていく。
と、そこへ一人の女性が水上のいるデスクへとやって来た。
カツカツと軽やかなヒールの音をたて彼の隣へと立つ。
「主任、先程から随分と携帯を気にされてるご様子ですが。大事なご連絡でも…?」
シャギーの入ったショートヘアの女性は、ふっくらとした赤い唇に笑みを浮かべてそう言った。
大人の女性という表現がまさに相応しいほどに色気を醸し出して。
水上があまりに分かりやすい様子だったのか、それとも女性が彼を細かく観察していたのか。
突然の指摘に一番驚いていたのは、全く自覚の無かった彼自身だ。
(そんなに見ていたか…?)
確かに机上の携帯電話の存在を気に掛けてはいた。
速やかに事務処理を行いつつ、何度か目線はそこへ向いていたようにも思う。
が、指摘を受けるほどあからさまに追っていただろうか…?
ただ『大事な連絡』を待っている事に間違いは無い。
水上は特別顔を曇らせる事もなく、むしろ涼やかに返答した。
「まぁ、そんなところかな」
「新しい戦略ですか?」
「………」
間髪入れずに返された女性からの質問に、水上は何も答えずに黙した。
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