桜とスーツと携帯電話。

2/40
599人が本棚に入れています
本棚に追加
/40ページ
昼間の眩しいくらいに暖かな陽気さとは打って代わり、肌寒さを感じる夕暮れ、午後六時。 水上は一時間前に営業先から帰社し、残された事務作業を黙々とこなしていた。 自分のデスクに向かい、資料を睨んではひたすらにキーボードを叩いていく。 と、そこへ一人の女性が水上のいるデスクへとやって来た。 カツカツと軽やかなヒールの音をたて彼の隣へと立つ。 「主任、先程から随分と携帯を気にされてるご様子ですが。大事なご連絡でも…?」 シャギーの入ったショートヘアの女性は、ふっくらとした赤い唇に笑みを浮かべてそう言った。 大人の女性という表現がまさに相応しいほどに色気を醸し出して。 水上があまりに分かりやすい様子だったのか、それとも女性が彼を細かく観察していたのか。 突然の指摘に一番驚いていたのは、全く自覚の無かった彼自身だ。 (そんなに見ていたか…?) 確かに机上の携帯電話の存在を気に掛けてはいた。 速やかに事務処理を行いつつ、何度か目線はそこへ向いていたようにも思う。 が、指摘を受けるほどあからさまに追っていただろうか…? ただ『大事な連絡』を待っている事に間違いは無い。 水上は特別顔を曇らせる事もなく、むしろ涼やかに返答した。 「まぁ、そんなところかな」 「新しい戦略ですか?」 「………」 間髪入れずに返された女性からの質問に、水上は何も答えずに黙した。
/40ページ

最初のコメントを投稿しよう!