桜とスーツと携帯電話。

39/40
599人が本棚に入れています
本棚に追加
/40ページ
「…それにさ、 もし、だよ。もし純粋に私の事を好きだと思ってくれたとしても、オタクって知ったらやっぱり遠ざかっていくに決まってるよ。 それは、お姉ちゃんだって知ってるでしょ?」 「……うん…」 ―――瀬名は身を持って知っていた。 漫画やアニメ、ゲームが好きだと、胸を張って言えない人が少なくない事を。 そして彼女自身も間違いなくその一人で、絶対に気付かれないようにと常日頃注意を払ってきた。 打ち明けてしまった時の相手の反応、周囲の目。 本当の自分をさらけ出す恐怖。 それを乗り越える勇気は、遠い過去に掻き消されてしまった。 隠し続ける事で日常の居場所が確保されるのなら、わざわざ披露する必要なんてない。 まるで昨日観たテレビのバラエティー番組を語り合うかの様に、気軽に話す事が出来たらどんなに楽だろうか。 だけど一度それを犯してしまえば、途端に安全な足元は崩れてしまう。 ましてや『同人』は一般的には理解され難い。 瀬名は活動こそしていないもの、そういった類いの本は好んでよく読む上、落書き程度だが絵も描いている。 だから尚更、決して周囲に悟られる事のないようひた隠し続けていた。 もう、あんなにも辛く悲しい思いはしたくないから―――。 二人の目に悲しみが宿った。 苦い過去が蘇る。 もう随分前の出来事だ。 「…ごめん、お姉ちゃん…思い出させちゃった、よね…」 「いいよ、気にしないで」 重い空気が漂う中、お風呂入ってくるね、と告げた沙那は静かにリビングを後にした。
/40ページ

最初のコメントを投稿しよう!