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そこで父親と向き合わなかったのは、“逃げ”だと言われれば認めざるを得ないかもしれない。
だが限界の水上には、話し合いの手順を踏む余裕などなかったのだ。
事後報告を受けた父親は息子の行動に殴りかかるぐらいの勢いで憤慨し、対するは蓄積された鬱憤をぶつける水上だ。
『アンタはそんな横暴だからお袋に逃げられたんだよ!!』
苛立ち任せの暴言も吐いた。
いっそのこと親子の縁など切れてしまえばいいと水上は思った。
家はもちろん追い出された。
元よりこちらから出ていくのが当然の考えで、引っ越しの手続きも水面下で行っていたので滞りはない。
客間や使わぬ部屋がいくつもあった大きな戸建てから、1K築三十年越えの狭小アパートへ。
誰の監視もない独り暮らしの小さな城は、指図を受ける事もなければ束縛される事もない。
全てが自分の思うままに選択出来た。
逐一かまわれる息苦しさからも、上から押さえつけられる圧迫感からも。
やっと解放された。
その安堵でいっぱいだった。
自由になった19歳水上は、ようやく夢に向かって歩み始めた。
料理を仕事に。
あの日味わった喜びをもう一度。
二度目は叶わなかった感動を再び追い求め、明日もその先も、描いた未来に溢れるのは希望だけであった。
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