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全てを食べ終えるまで無言の瀬名だったが、ごちそうさまの挨拶はしっかりと声を出して手を合わせる。
時が過ぎるのは早いもので、暫しの休憩を挟んだところで、あっという間に水上の出勤時刻だ。
「そろそろ行こうか。家まで送るよ」
それを合図に水上はネクタイを締め、廊下を歩きながらジャケットを羽織った。
彼のすぐ後ろに瀬名も続く。
「瀬名」
突然、水上がくるりと後方を振り向いた。
はい、と答えようとするも、瀬名の言葉は彼の唇に封じられる。
「本当は瀬名のアパート前で別れ際にしたいんだけど、朝は人目があるからね。フライング」
そう言って屈む水上は彼女を覗き込み、もう一度軽く口付ける。
瀬名はそっと瞼を下ろした。
初めてのキスから、これでもう何度目を迎えただろう。
唇が触れる度に彼の心と体とリンクして。
『愛してる』『愛されてる』
と、互いに注ぎ合う感覚に胸が打ち震えた。
なのにその感覚が今、和らいでいる。
想いが通じ合えてる気が“しない”キスなんてかつて無かったのに。
今は“好き”が苦しい。
切り替えなきゃいけないと理解していても、重い空気を引き摺ったまま彼のキスを受け入れ、
そしてその行為に、喜びよりも胸の締め付けが勝ってしまった事が酷く悲しい。
目を開けた瀬名に、切なそうに瞳を揺らす水上の顔が間近に迫る。
何でそんな顔をしているの。
瀬名が彼に訊けるはずもなく、「行こう」と出発を促す声が玄関フロアに落ちた。
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