第1話

2/13
3人が本棚に入れています
本棚に追加
/13ページ
 藍野雫(あいのしずく)は泣いていた。小さな身体から絞り出される悲鳴のような声と大粒の涙は、夕日の差し込む公園を、どこか悲しい色に染め上げる。吐き出された白い息もまた、その情景を濃くしているのかもしれない。 「小学校五年生にもなって、お別れくらいでびゃーびゃー泣くんじゃねぇよ」  俺が言うと、雫はぶんぶんと首を横に振る。 「いやだよっ、もっと一緒に遊びたいよっ」  その言葉に困ったような表情をしたのは、別れ話を切り出した張本人であり、雫を泣かせた犯人である河野江律(こうのえりつ)だ。  律は雫とは違う小学校に通っているのだが、家が近かったため、よく一緒に遊んでいた。雫の幼馴染というやつだ。  そんな律が、親の事情で遠くへ引っ越す事になった。県をいくつも跨いでいるため、会いに来る事は出来ないという。殆ど永遠のお別れだ。 「仕方ないな。雫は弱いから」  ため息を吐きながら、律は自分のポケットに手を入れる。 「だから、ぼくの代わりを置いてくよ」  そして取り出されたのは、木彫りのネックレスだった。小学生らしい、歪だが、だからこそ手作り感のあるネックレス。これを自分だと思ってくれ、とでも言いたいのだろう。  雫は、いくら拭っても溢れ出る涙を拭っていた両手を差し出して、律の身代わりを受け取った。かじかんでいるのであろうその手は真っ赤で、とても痛そうだ。それを痛ましく思ったのであろう律は、悲しそうに眉をおひそめながらも、微笑んでみせた。 「そういえば、雫がいつも着けてるそのピンクの可愛いヘアピン。お兄さんから貰ったんだっけ」 「……うん」  小さく頷く小さな頭。小さな声が律に届いたかは、俺には解らない。それでも律は、雫のちっぽけな返答を見逃さなかったのだろう。小さく笑って、小さな頭に掌を乗せた。 「本当はぼくがしなきゃいけなかったのかもしれないけど、ぼくにはもう時間が無い。雫と一緒には居られない。だから、ぼくの代わりに、雫を強くしてあげてね」  顔こそは向けられていないものの、それは俺への言葉なのだとはっきり解った。 「わーってるよ」俺は答える。「任せろっての」  少しの沈黙。オレンジだった景色も黒へと近付き、カラスが決別の終わりを注げていた。 「さようなら」  そして去り行く律の背中。だが、雫は無言のままだった。
/13ページ

最初のコメントを投稿しよう!