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「そんな顔しなくたって、取って食おうなんて思ってないよ?」
「……別に、そんな、怯えてるわけじゃないけど……」
ふ、と。顔を傾けた流華さんの瞳が、余裕に満ちている。慌てるだけ、無駄だ。
「うん。見つけて、驚いて……持って帰った」
「やっぱり、そっか。あたしが迂闊だった」
流華さんは手元のカップに視線を落とすと、ふうと息をついた。
「ごめん」
「ううん、いいの。色々黙ってたあたしが悪いんだから……」
「……さなえさんからの手紙、ってそのまま言ったってことは、確信があったんでしょう? 俺だな、って」
「玄関に置きっぱなしの郵便物、バラバラになってたから。あたし、置きっぱなしにはするけど、揃えておく癖があって」
それって、迂闊なのは俺の方だったと思うけど。
そんなことにさえ気付かない程、あの時の俺は狼狽してた、ってことか。
「それに……」
流華さんは、持ったままのカップに口を付けることなく、ふっと笑った。
「ここに引っ越してきてからあなた以外、この部屋には誰も入ってないもの」
思わず、息を止めてしまった。馬鹿じゃないか、俺。
判っていたことを改めて口に出されたくらいで、嬉しい、とか思ってしまうなんて。
「……誰も?」
疑う気なんてさらさらないけど、とりあえず落ち着きたくてそう訊くと、流華さんは微笑んだままカップをそっとテーブルに置く。
結局口を付けなかった彼女も、少しは緊張していたのだとその動作で判った。
「だったら、なんであんなに簡単にあなたをここに入れたのか、って?」
俺が小さく頷くと、流華さんは頬杖をついてこちらを見上げる。
「……そうだな……どこから話したらいいだろ」
俺を見つめながら、流華さんはどこか遠い目をした。
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