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 亜希の卒業した春。  四月に久保は一年の担任になった。  生徒たちにとっては一方通行の「高校生活」は、教師たちにとっては回帰するものである。  一年。  二年。  三年。  そしてまた、一年。  桜は四月中旬には薄紅色の雲のように見えるほど、満開に咲き誇った。  去年新任で来たときと同じに見えるのに、学校のどこを探しても亜希は見当たらない。  国語科準備室にも。  三年生の教室にも。  昇降口の下駄箱にも。  一年生に古典を教え始めても、しばらくは心落ち着かない日々が続いた。  亜希との思い出の痕跡を見つけるたびに胸が騒ぐ。 「久保先生ーッ!」  そんな自分に対して親しみを込めて久保センと呼んでくれる上級生に対して、まだ馴染みがないせいか一年生は久保先生と呼ぶ。 「なんだ?」 「さっきの『筒井筒』の品詞分解が全く分からないんですけど。」 「全くって、『児のそら寝』で教えたろう?」 「いやー、ぐっすり寝ちゃって。」 「……あのなあ。」 「もう一度、教えてください!」 「分かった……。放課後に教室で補習な。」 「教室なら、友達もいいですか?」 「おう、この際、纏めて面倒を見てやる。」  亜希が居なくなってから、久保は国語科準備室に他人を入れなくなった。  元々、国語科だけでなく、物置代わりになっていたところだから、誰も文句は言わなかったが、二ヵ月もすると「暗黙のルール」になった。  沈丁花の匂いもなくなって、亜希を思い出すよすがは今はここだけ。  それを誰かに踏み躙られないように、二人でいた日々をひっそりと封印する。  なぜ、こんなに亜希を探しているのか久保自身でも分からない。  あんなに繰り返し、亜希を忘れたいと願い、もしくは全てを手に入れたいと葛藤していたのに。  亜希が目の前から居なくなってしまうと、消化不良を起こした想いは、木のうろのように心にぽっかりと穴を穿った。  ――どこにも居ない。  あの日々はまるで夢だと言われているみたいに。  なんでもっと日々を大切にしなかったんだろうと後悔が募る。  外は暖かな陽射しが降り注いでいて、廊下は日向ぼっこをしたいくらいに麗らかな日溜まりになっていた。  窓からは柔らかな風が吹き込んできて頬を撫でる。
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