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腹立たしい気持ちを露わに万葉を睨み付ける。
「――どういう意味よ?」
「彼にね、次の理事会で亜希さんを罷免するように上申するって話したの。久保さんが父を口止めしてる事も含めてね。……そして、それを止めたいなら、彼に理事会に入れって話したの。」
「『理事会に入れ』って、そんなに簡単に出来るわけないじゃない……。」
「そうね、彼だけの力じゃ無理でしょうね。……私の父の口添えがなければ。」
クスクスと万葉が笑う。
「――あなたに選択肢は無いのよ。握っているのは、久保さん。……彼はあなたを取るか、仕事を取るかの板挟みでしょうけど。」
「……そんなッ!」
「彼があなたを選ぶなら、あなたも彼も職を失う。事が露見したら理由が理由だけに、この教育業界には復帰出来ない。彼が私を選ぶなら……。それはそれで辛いんじゃない?」
言葉がうまく紡げない。
亜希は頭の中が真っ白になった。
「――本人の知らないままに追い出すのは寝覚めも悪いし。だから、それは受け取って。」
顔面蒼白の亜希の様子に万葉は痛快だった。
無言になった亜希を眺めながら、美味しそうにグラスの中身を飲み干す。
口元は微笑んでいても、万葉の瞳は冷たい。
カラカラの喉に湿り気が欲しくて、ミルクティーのグラスを持つ。
しかし、手が震えて、なかなか中身を口にする事が出来なかった。
(――教師を辞めろなんて言えない。)
久保にとっての「教師」という職は、彼の夢であり、生き甲斐だ。
(そんな大事なモノ、私が奪っていいものじゃない……。)
亜希は目を伏せる。
そうしないと感情に任せて泣き喚いてしまいそうだった。
生唾を飲み込む。
亜希はゆっくり目を開けると万葉を見据えた。
「分かったわ……。私が身を退く。」
万葉の目の前で、携帯電話の久保の連絡先を消去してみせる。
「――もう、会わない。」
声を絞りだす。
「……退職届は郵送で構わないから。」
万葉の言葉は亜希の耳には、もはや入らなかった。
伝票を持って万葉が席を立つ。
残されたのは机の上の封筒と、携帯電話。
そして、脱け殻みたいになった亜希だけだった。
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