XIII 

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 クローは冷静だった。ふとアルバートは思い出す。“結界の中の出来事は現実には影響しない”と。そして彼は“他も調べた”と。ならばこの懐中時計は、帰ってきてから仕組んだ《仕掛け》だ。  あらかじめフロックコートを探り、ポケットの中身を確認し、常に持っている鍵を見るようにした、  記憶を蒸し返す為の仕掛けだ。 「貴様は【楽園】の中で凌辱の可能性を示唆しても、意外と冷静だった。先程も触れたが同じだった。怒り狂うか暴れるかすると予想していたが、外れたな。事態は更に悪かったと言う事だ」 「わ、悪い……?」  レベッカが凌辱されたかされかけ、消えた。今以上に酷い事態があるだろうか。今以上にーー 「順を追って話そう。貴様は魔法を使っている。加えて器用な事にここら一帯に《結界》を張っている。人の出入りが自由に出来るという、珍妙な結界だ。そんな器用な事が出来る人間はそう居ない。そして結界の中の光景を変え、町人どもに魔法をかけ、平穏を取り繕っている。  【ニル】に来る前、聞き込みをしたのだろう? それは《都合の悪い事》を知る人間の記憶の改竄をする為だろうな。一晩の出来事といえど、何らかの形で関わる人間は多い。取りこぼしがないよう必死にした筈だ」  クローはベッドから立ち上がり、硬直して動かないアルバートの手から【ナポレオン】を奪い取った。短針は十二時近い現在の時間ではなく、ローマ数字の十を指している。 「貴様が【楽園】の存在を認識したのは【ニル】で、だったな。しかし失踪事件は前からあった。【楽園】の噂もな。だが隣町にまで話題にあがってなお、貴様はその存在を知らなかった。いや気にしていなかった。最初から知っていたからだ。女が何処にいるのかを」  【ニル】に向かう途中、馬車で新聞を読んだ。けれど【楽園】の単語は目に入らなかった。同じ新聞を読んだメノウに言われて初めて意識した。  “あぁ、関係しているのか”。その時はぼんやりと思った。 「【楽園】の夢を見たのは、貴様が【楽園】を《結界》に取り込んでいたからだ。魔法使いが他人の結界を取り込んだ時、上下関係が作られ、中の出来事が夢として記憶される事がある。その典型だな。結界の中は魔法使いのテリトリー。【楽園】だろうが何だろうが把握するのは当然だ。レジーナより貴様の方が魔法の扱いが上だからな、覗くのは容易かっただろう」
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