第3話

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俺が何か言うより早く稲葉は言った。 「大丈夫・・・ですから」 「え・・・・?」 「私・・・・大丈夫ですから」 全然大丈夫じゃない顔で、稲葉は繰り返した。 「ごめんなさい・・・今日は帰ります」 踵を返した稲葉の腕をつかむ。 「わかった。送るから」 だから、1人で帰るなんて言うな。 稲葉は腕を振り払おうとして、急に諦めたように大人しくなった。 そのまま黙って車まで歩いた。 ドアを開けて稲葉を乗せ、運転席に座る。 稲葉はまだ、呆然としていた。 マンションの前で車を止めた。 「稲葉・・・・・・」 大丈夫か・・・?と聞いても無駄なんだろうな。 今のお前はきっと誰も寄せつけない。 「先輩」 「ん・・・?」 「さっきは・・・すみませんでした」 「うん・・・・」 しばらく沈黙が続いて、不意に稲葉が言った。 「愛せますか・・・私のこと」 「え?」 横を見ると、稲葉はフロントガラスに落ちる雪が溶けて流れて行くのを、じっと見つめていた。 稲葉は俺を見ていなかった。 「上司と不倫して、自分から別れて。それでも・・・突然顔を・・・ご家族を見ただけで・・・こんなに動揺して」 稲葉は言葉を切って、何かに耐えるように唇を噛んだ。 「もちろん愛せる」 なるべく優しく聞こえるように俺は言った。 できれば手を伸ばして抱き締めたかったけど、全身で稲葉は拒否しているような気がしていた。 愛せますか・・・と聞きながら、稲葉は俺を拒否している。 「今日は・・・優しいですね」 俺を見ないままで、稲葉は言った。 「優しくしろ・・・・って言われたからな」 やっと稲葉は少し、笑ってくれた。 「ありがとうございます」 小さな声で呟いて頭を下げ、稲葉は車を降りていった。 雪のちらつくこのホワイトクリスマスにお前は、あの人を思ってまたひとりで泣くのだろうか・・・・? 限りなく俺は無力だ。 車のハンドルにもたれて、舞い降りてくる雪を見ていた。 稲葉の笑顔が見たいと思った。
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