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反射的に手を伸ばしてそれをつかむ。握りしめて初めてそれが、風船につけられたリボンだと気がついた。
足元を見ると、目のくりくりとした小さい男の子がいて、俺に手を伸ばしていた。
あ、ぶつかったんだ。と気づいた俺はしゃがみ込み、
「はい」
とリボンを男の子に渡した。
彼はにこっと笑った。
「ありがと」
その後から母親らしい人が追い付いてきて、俺に笑顔を見せた。
「ありがとうございました」
「いえ」
その間って、いったい何秒かかっていたのだろう。立ち上がって稲葉を見た時、俺は激しく後悔した。
一瞬でも目を離したことを。
稲葉は・・・・一点を凝視したまま立ちすくんでいた。
その視線の先をゆっくり辿ると、同じように固まっている野上さんがそこにいた。
2人の周りだけ、時間が止まっていた。
だからこんな、不器用で真っ直ぐな似た者同士はやっかいだ。
俺もいるし。奥さん・・・らしき人もいるのに。
この2人はお互いの思いを隠せない。
それ・・・・・って罪だろ。
俺はとっさに稲葉の頭を胸に抱き締めた。 顔を見せないように。
「初めまして。僕、会社で野上課長にお世話になってます、片岡といいます。それと・・・僕の彼女です」
営業用の笑顔で一気に言った。
「じゃ、課長失礼します」
2人に頭を下げて稲葉の手首をつかむと、広場とは逆方向にとにかく走り出した。
とりあえず走って逃げた。
人の波に逆らって2ブロックほど走っただろうか。
「先輩・・・手・・・離して!」
稲葉の声に我に帰って、手を離すと立ち止まった。2人とも肩で息をしていた。
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