第3話

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<澪目線> 秋は突然やってきて、風がいきなり冷たくなった。 亮太が久しぶりに部屋に来るという金曜日のことだった。 夕方、外出中の亮太から部長に電話が入り、部屋がちょっとざわついた。 亮太の息子さんが事故に遭って病院に運ばれたらしい、という話はすぐに耳に入った。 一気に血の気がひいた。 これはきっと罰なんだ。そんな気がした。 他の人のものを取ろうとしたから・・・・? 喉がカラカラで、目眩がする。 給湯室でシンクに身体を支えてもらい、自分を取り戻す努力をする。 「稲葉・・・・大丈夫か?」 声に振り向くと、何故か片岡先輩が立っていた。 「お前・・・・真っ青だぞ」 「大丈夫です」 横をすりぬけようとしたら、いきなり腕をつかまれた。 「大丈夫って顔じゃない」 と言われたことは覚えている。 それっきり意識が遠のいた。 目覚めたのは、会社の医務室だった。 「稲葉・・・・大丈夫?」 「根元先輩・・・・私?」 「倒れたの。給湯室で」 「あ・・・ご迷惑かけて申し訳ありません」 慌てる私に根元先輩が言った。 「もう終業時間だし、今日はこのまま帰りなさい。許可、取ってあるから」 「はい・・・・」 根元先輩は部屋を出ようとして、背中を向けたまま言った。 「野上課長のお子さん、大したことなかったらしいから安心して」 「あ・・・・・はい」 良かった・・・・と思ったら涙がこぼれていた。 しばらく、声を殺して泣いた。 まだぼーっとした頭のまま、荷物を持って会社を出た。 目の前に黒い車が止まる。 え?と思う間もなく、運転席から誰かが降りてきて、腕をつかまれた。 「乗れ」 「片岡・・・・先輩」 有無を言わさず助手席に押し込められる。 「あ・・・・あの」 運転席に戻った片岡先輩は私を見て言った。 「シートベルト」 「あの・・・・先輩?」 「お前が倒れたとき、そばにいたのは俺だ。責任があるから家まで送る」 その勢いに負けて、思わずシートベルトの金具を止めた。 車は静かに動き出した。 「あ・・・・・あの」 「住所なら山崎主任に聞いた」 「あ・・・・・いえ」 「何だ」 「あ・・・りがとうございます」 片岡先輩は何も言わなかった。 何か怒ってる。 黙っている横顔を盗み見ると、やっぱり怒られている気がした。 結局お互いにひと言も話さないまま、マンションに着いた。
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