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 時は少し戻る。  高津が玄関のドアを開けると、中からは何やら美味しそうな匂いがしてきた。 (自分の家じゃないみたいだな……。)  玄関の空く音に気が付いたのか、居間と廊下を隔てるドアが開き、中からは亜希が顔を覗かせる。 「お帰りなさい。」 「ただいま。」 「今夜は早いんだね。」  帰宅時間は珍しくも18時少し過ぎ。  いつもなら仕事に追われて、東奔西走している時間だ。 「今日は隅田川の花火大会だからか、大江がやけに張り切って仕事を片付けてくれたからね。」 「大江さんって、確かドレスを用意してくれた秘書さん?」 「ああ。『夏と言えば花火でしょう? 見ないと夏が終わりません』って凄い剣幕で言われたから、明日に仕事を回したよ。」  くすくすと笑いながら、高津は亜希に荷物を渡すと靴を脱ぐために屈む。  そして、亜希に気を取られていた高津は、ようやく足元に見慣れぬスニーカーがある事に気が付いた。 「この靴は?」 「あのね、実はこの間話した子が来てるの。」 「――この間、話した?」 「うん。彼が雄大君。」 「……雄大君?」  きいとドアが開いて、小学生くらいの男の子が顔を覗かせる。 「雄大君、この人が浩介さんだよ。」 「は……じめまして。」  相手の反応を探るような眼差しが、かつての自分に似ている。  高津は亜希に紹介された子供に何て声を掛けたら良いか分からなくて、玄関にあがったまま黙っていた。 「浩介さん、勝手に家に上げて、ごめんなさい……。」 「いや、別に謝らなくて良い。」 「この子ね、下の公園で会ったって話した子なの。今日も下の公園にいたから……。」  亜希にそう言われて、先日話題に上った子供の事を高津は思い出す。 「ああ、熱中症になったって言うガキんちょか……。」  そう合点すると、部屋の奥にいた雄大は、ムッとしたのか鋭い眼差しになった。 「――ガキんちょで悪かったな、オジサンッ!」  高津はピクリと片眉を上げる。 「亜希姉、ご飯食べよッ?! 待ってて、損した。」 「勝手にすればいい。」 「オジサンには、言ってないんですけどぉ~。」  雄大は憎まれ口を叩くと、ツンとした様子で余計に生意気さをアップさせる。 「……ゆ、雄大君ッ!」  亜希が慌てて嗜めるが、高津はその手から荷物を受け取ると、二人の横をすり抜けて真っ直ぐに寝室へと向かった。
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