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傘の角度を変えて、その中で、隠れるように岸の唇に触れるだけのキスをした。
唇を離したら、岸が驚いた顔で俺を見ていた。
「陽二さんとは身体は重ねたけど、唇は一度も重ねなかった」
そう言ってから、岸の首に触れていた左手を離した。
岸の顔が、赤くなる。
「澤田、お前……」
そんな岸が珍しくて、思わず口元が緩んでしまう。
「岸、俺の名前、知ってる?」
そう聞いたら、岸は黙って頷いた。
「……名前で呼んで」
「……司」
岸の右手が、俺の頬に触れた。
パタパタと、傘を打つ雨のしずくの音。
雨の糸が景色を染める。
岸の左手が、傘の角度を変えた。
最初から優しかった、その唇を知っている。
傘の中、俺たちは、まるで初めてそうするかのように、震えるように唇を重ねた。
---END
2014.1.20
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