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やがて、カジェーラは自嘲気味に言った。
「あの方は、その後、他の姫君と結婚されて子孫も成されたものだと……。ならば、あの方をここへさらってくればよかったかのう。せめて亡くなる前のわずかな期間でも、私がそばにいて差し上げればよかったか……」
「でも、あなたはご存じなかったのですよね。大公がそうしたことすら、おわかりにならなかった。なぜなら、ずっと鏡の魔力に囚われていたからです。あなたの悲しみは、鏡の餌食になるくらいに深かったのですから」
フィリアスが言った。
ナディルは、鏡のかけらを再び眺める。
鏡の中には一組の男女がいたが、それは、エリュースと棺によこたわるナディルの姿ではなかった。
輝くような金の巻き毛とアメジスト色の目を持つ、フィリアスによく似た若者。
そしてその若者が抱きしめているのは、赤い髪の少女――カジェーラ。
二人は豪華な衣装を身につけていた。
若者は、金の糸で刺繍が施された、薄緑の礼服。
少女は真珠が散りばめられた白いドレスをまとい、幾重にもなった透明な花びらのようなベールを被っていた。
その頭上に載せられているのは、彼女の赤い髪に映える翡翠の冠だった。
祝福されていたのに、行われなかった結婚式。結ばれなかった花婿と花嫁。
カジェーラが五十年間、鏡に囚われて眺めていたものだった。
「あの鏡は、寿命が短い人間には害をなすものじゃ。じゃが、私はあの鏡のおかげで立ち直れた。確かに時間はかかったがの。鏡のおかげで張り裂けるような感情はいつしか消え、遠い過去のものとなった。虚しさは味わったが、現実に目覚めた。そなたは木っ端微塵にしてくれたがの。あれは私にとっては、大切な愛すべきものだったのじゃぞ」
カジェーラはそう言って、フィリアスを睨む。
フィリアスは、にっこりと笑った。
「あなたの鏡を割ってしまったことは、私としても大変遺憾です。あなたは翡翠の冠も取り戻してくださった。それにあなたは、オーデルクの大公妃になるはずだった方です。ぜひあなたに報いたい。アーヴァーンの王家としては、あなたをどうすることもできないでしょうし」
フィリアスは、ちらっとナディルを見る。
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