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「だいたい鎌倉の爺ちゃん、婆ちゃんだって洋服を着てるのに、何で侍がいるって本気で信じてるんだよ……。」 「法廷弁護士がウィッグをつけるみたいに、因習で残ってるかと思ったのよ。」 「今の日本で本物の侍の格好してたら、銃刀法違反で捕まるから。」 「分かってるわよ!」  そう言いながらもしょぼくれる。 「楽しみにしてたのに、貴俊のせいだ。」 「――何でだよ。」 「何でって、『サンタなんて居ない』って、クリスマスを前にサンタを信じてる子どもに言うようなものよ?」 「……江梨姉。三十路も過ぎた大人が、何言ってんの?」  その言葉におもむろに起き上がるとぼすりと枕を投げ付ける。  枕は宙を舞い、久保の顔に命中した。 「江梨姉~ッ!」 「騒いだら近所迷惑よ?」 「――あのねえッ!」  しかし、そう喚いたのと同時に、「ぐう」と豪快にお腹が鳴る。  久保は一瞬遅れて真っ赤になり、その様子を見ていた江梨はプッと吹き出すと、声を立ててケラケラと笑った。 「何だよッ、全くッ!」 「本当、様にならないわねえ。」 「江梨姉が無駄な体力使わせるからッ!」 「あら、都合が悪くなると私のせい? それより私もお腹がペコペコなんだけど?」 「――はいはい、何か作りますよッ!」 「消費期限が切れたのは嫌よ?」 「分かってるよッ!」  そう言って久保はぷりぷりしながら台所へと戻っていき、冷蔵庫の前にしゃがむとその中身を確認した。 「何をご馳走してくれるのー?」  オレンジ色の光が暗い部屋をぼんやりと照らす。  いつも発泡酒が入っている真ん中の棚は、昨日飲み干したせいもあり空っぽだ。 「冷蔵庫の中身次第。」  そう答えて下の棚から使いさしのキャベツや玉葱を取り出すと、手にとって今夜の夕食の献立を考える。 「今夜の献立は野菜炒め。あとご飯と味噌汁。」 「――他には?」 「無い。他に食べたいものがあるなら、買い物に行かなきゃだな。」  江梨はその答えを聞くと、枕に顔を埋める。  返事をしなくなった江梨の様子に久保はそっと部屋を覗き込んだ。 「――甘いのが食べたいけど、出掛けるのは億劫。」 「ふーん……。」  素っ気ない久保の態度に江梨はむくれると、バタバタと脚をばたつかせて「食べたい、けど、面倒」と繰り返す。
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