第5話

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 それから一組の若いカップルがやって来て、何杯か軽い酒を飲んで帰って行った。この後、きっと近くのラブホテルにでもしけ込むのだろう。常連の中年カップルも、喋り倒して満足したらしい女が男を従えて帰って行った。 男は絢人と世間話をしたり、絢人が他の客と話しているあいだは携帯を見たり店内を興味深く観察しているようだった。絢人は男に「お腹は空いていませんか」と訊ね、浅利と海老のアヒージョを薦めた。調理師でもあるオーナーが今、一番自信を持って出しているメニューなのだ。    カウンターの客が男ひとりになった後、絢人は働き出してから初めて、自分からオーナーに「今日は早めに上がってもいいか」と訊きにいった。こういった悪天候の日や給料日前などにはオーナーの方からいつも「今日は早めに上がるか?」と絢人に声がかかる。オーナーは少し意外な顔をしたが、「ああ、いいよ」と言って腕に巻いた時計を確かめ、「今九時半過ぎだから、十時には上がるか?」と言った。  十時には上がれると告げた絢人に、男は 「ここのバーは、名前は何て言うんだ?」と訊ねてきた。 「アルバトロスと言います」 「へえ、マスターはゴルフ好きなのか?」サラリーマンの男にとってはゴルフにまつわる蘊蓄は常識らしい。 「そうみたいです。僕はゴルフしないのでこの意味も知らなくて」 「そうだよな。・・・それで、君の名前は?」 「瑞原です、みずはらけんと」 「俺は、壮真って言うんだ。壮健の壮に、真実の真だよ」
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