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ホテルではなく自宅に連れて行かれるとは、思いもよらぬことだった。たいていの男は一夜の相手を家に入れるのを嫌がる。絢人だって嫌だ。
連れて行かれたのは駅から五分ほど歩いた、大通り沿いに建つ高層マンションだった。絢人のアパートと違い集合玄関はオートロックで、一階部分には柔らかそうなソファが数個置かれた広いスペースすらある。エレベータに乗り込むと、壮真は十五階のボタンを押した。このマンションは二十階まであるらしい。バーを出てから、壮真はあまり喋らなくなった。この男はいったい何を考えているんだろう。
十五階のフロアーは全て絨緞張りで、なんというかマンションというよりもホテルみたいだ、と絢人は思った。それもラブホテルとかじゃなくて、本物のホテルの方だ。昔家族で旅行に行ったとき、迷路のようなホテルの通路で迷子になりかけた時の心細さを思い出した。
壮真は何も言わずに先を歩いて行く。こういう時に口火を切るタイプではない絢人は、黙って後に着いて行った。
一五一五室というのが壮真の部屋らしい。鍵を回してドアを開けると、壮真はようやく絢人の方をみて
「どうぞ」
と言った。
「おじゃまします」靴を脱いで室内に上がると、フローリングの床が冷たかった。それがわかったのか、壮真は
「スリッパ一つしかないから、それ使ってくれるか? 俺ので申し訳ないけど」と言って、自分が普段使っているらしいスリッパを指さした。
「いいよ別に」と絢人がそれを断ると、いいからと壮真はわざわざスリッパを足元に置いてくれ、自分は廊下を先に進んで行ってしまった。絢人は「ありがとう」と小声で礼を言って、スリッパを履いた。それはとても柔らかくて暖かく、絢人は自分の部屋でもスリッパを履くことにしようと秘かに決めた。
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