第一章 夫婦雛 その一

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「若」  千丸の横で大人の馬を駆る若者が、背をかがめて耳元で小さく耳打ちした。 「なんだ十兵衛」  相手の声にあわせて、千丸も小さな声で答えた。父は聞こえないのか聞こえぬふりをしているのか、黙々と馬を歩かせる。 「空を御覧なされ」  と、津川十兵衛(つがわ・じゅうべい)は言った。十兵衛はさきの戦で戦死した津川太郎左衛門の息子であった。年のころは千丸より四つ上の十五。背丈は高めだがまだ顔には幼さが残る。しかし戦を経験しているせいかその顔に十分なまでに精悍さをたたえた、年に合わぬ逞しい少年だった。  ちなみに先年元服も済ませ、初陣も済ませている。その初陣で父は戦死し、仕える家は攻め手に降伏した 「空ならさっきも見た」 「いいえ、もう一度御覧なされよ」 「どうして」 「よいから御覧あれ」  と促され、仕方なくまた空を見上げれば 「あっ」  と思わず声を上げた。空で、鷹が舞っている。鷹は晴天の空と白い雲を背に悠々と空を泳ぎ、時折太陽にも背を向けて、千丸は眩しくて手を上げ日差しを防いだ。真っ直ぐ羽を伸ばし、鋭いクチバシをまん前に向けて、鷹は風に乗り、空を駆け巡っている。それはひとこと、優雅という他になく。空の王者の風格十分であった。それを頷きながら見る十兵衛。
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