第6話

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 僕は、間違ったんだろうか。  一瞬しか見えなかったアゲハの顔が、泣きそうな表情が、瞼に焼きついてしまっている。  ――かいとといっしょにいたいのに。  あれは、あの言葉は……。  「大久保君、お客様」 「え?…あ、はい!」  しまった。  バイト中なのに、またぼーっとしてしまってた。しかも、数日前と全く同じ注意を、同じく田所さんにされてしまった。  慌ててレジに目を向けると、そこには少し腰の曲がった身綺麗なおばあちゃんが、すでにお金を準備して待っていた。  常連のお客様だ。 「お待たせ致しました。いらっしゃいませ。……ブレンドのホッとでよろしいでしょうか?」 「えぇ。ブレンドをお願い」  僕は田所さんにブレンドのホッと――ブレンドはMサイズしかない――を伝えると、レジを叩いておつりをお客様に返した。  このお客様に続いて何人かのお客様を途切れなく接客したあと、またも田所さんに同じことを言われてしまった。 「どうした?体調悪いか?」 「あ、いえ。別に体調が悪いわけでは……」 「んー。でも、休憩行くか?少し早いけど」  曖昧な返事をしているうちに、スタッフルームに押し込まれてしまった。  少しでも時間があると、昨日のことが頭を占拠する。  だから、一切の余裕もないくらい忙しければ、何も考えずに済んで、きっと今よりはましな仕事ができるんだろうけど…。  残念ながら、うちの店はそこまで忙しくはない……。
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