第12話

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飲みに行こうぜ、という樹生の誘いを断って、絢人は壮真のマンションの前にいた。金曜の深夜。一週間ずっと考えていたことを、絢人は今夜こそ実行するつもりだった。 壮真の部屋は確か十五階だったはずだ。階数を数えてみると、十五階の部屋のいくつかには灯りがともっている。でも、どれが壮真の部屋なのか絢人にはわからない。これじゃあまるでストーカーだ、と絢人は自嘲する。  でも、会いに行かなければと考えていたのだ。たとえ家族から逃げても、非道な男から逃げても、生きる限り自分自身からは逃げられないのだから。  絢人は最近になって思い出したことがある。平岡に出会うまで、自分は決して死に魅かれるような人間ではなかった。ゲイであることを確信し将来への恐怖や不安が頭をよぎった時、それでも自分は生きてやろうと思っていたのだった。なのにいつの間にか、わけのわからない混乱のなかで、死に親しみを感じるようになった。そして死んだように生きることにも慣れてしまった。  ジャンバーから携帯を取り出して、壮真の番号を呼び出す。考えてみれば、自分から壮真に電話をかけるのは初めてだった。そうする勇気が絢人にはなかったから。絢人が自分から気軽に電話をかけられる人間だったら、壮真と一か月近くも会わないことにはならなかっただろうか。それとも、なんだかんだ理由をつけて、結局会うことを断られたりしたのだろうか。  呼び出し音を聞いていると、自分の心臓の鼓動を感じた。それだけで絢人は泣きたくなった。 「……もしもし」  呼び出し音が途切れ、懐かしい壮真の声がする。抑制のきいた、普段より少しトーンの低い声だった。 「もしもし、絢人だけど」 「ああ、驚いたよ、いきなり。どうしたんだ?」普段どおりの壮真の声。でもどこか違う。 「いや、どうしたってこともないんだけど」ここから先は絢人の方から言わないといけないだろう。 「今からちょっと会えないかな、と思って」  壮真は少し押し黙ってから口を開いた。 「今? もう遅いから、また今度に」最後まで言わせずに、絢人は落ち着いた声で言った。 「今あんたのマンションの前にいるんだ」  一瞬、電話の向こうではっと息を吐く気配があった。 「……そうなのか。じゃあ、上がって来いよ」
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