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「うん」
「まあ、なあに?」
妻の桜子は先程仕事先から帰ってきたばかりの夫の一郎から風呂敷を渡された。あずき色に白い桜の花びらが散った一郎が愛用する風呂敷。小ぶりに膨らみ、少し重かった。居間に向かう一郎の後ろにつきながら風呂敷を開くと、つやつやと輝く茄子が顔を出した。
「あら、お茄子ですね。こんなにも!どうなさったの?」
「丹波先生からだ。彼の実家は農家だからね、食べきれないほど送ってきたそうだ」
「そう、それでなの。立派なお茄子ね」
桜子は風呂敷を包みなおすと台所へ行った。
着替えを終えた一郎が台所にいくと桜子と手伝いの房が料理の支度をしていた。お湯の沸く音と、まな板を叩く音がする。房が一郎に気づいて桜子に声をかけた。壁に寄りかかった一郎のそばによった桜子。
「イチさん?」
「秋茄子は、うまいな」
「はい?え、ええ、そうですねえ。・・・えっと?」
「だからサクもちゃんと食べなさい」
一郎はそれだけ言って桜子の手の甲にちょんと触れて台所を出ていった。房と桜子は顔を見合わせた。
頂いた茄子は揚げ茄子とみそ汁に変わった。食卓に並んだそれらを一郎はぺろりと平らげるが、桜子はゆっくりと食べ進んでいた。一郎はお茶を飲みながら桜子のそれを眺める。
「丹波先生がね、」
ふと一郎が口を開いたので、桜子は進めていた箸を止めた。
「丹波先生が言ったんだ。”秋茄子は嫁に食わすな”って。これには二つの意味があるんだって、ね。一つは茄子が大事な嫁の身体を冷やしてしまうから。もう一つはこんなに美味いものを嫁如きにはやれないって。さすがは国語科の先生だね」
一郎はお茶を口に含んだ。
「俺はね、君は大事だけど、美味いものを食べさせたいから。やっぱり美味いものは一緒に食べた方がもっと美味いから」
「だから、お食べ」
一郎はまたお茶を口に含む。そして頬杖をついてじっと桜子を見つめる。それを見た桜子が赤くなった。照れたときの一郎の癖。耳だけを赤くして、何かをじっと見つめる。今回の何かは桜子だった。
「はい!」
桜子も照れて小さく返事をして、残った揚げ茄子をほおばった。一郎はお茶を飲みながら桜子の食事が終わるまでずっと眺めていた。
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