第1話

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「寝ている私の上に誰かが浮かんでいるの。ふわふわと黒いマントを棚引かせている。私は顔をゆっくり回して彼を見ようとするけれど、その人は目だけを隠す形の仮面をかけていて、誰かはわからないの。でも、私にはわかる。仮面に見覚えがあるのよ。横長の十字が描かれた仮面。あれをかけているあの人は、きっと――あの人なの。あの人が演じた怪人の姿なのよ」  彼女の目が見開いた。柔らかい色合いの蛍光灯の光をより多く反射したけど、口元に浮かぶ笑みが大きすぎてプラスのイメージを覆してしまっている。彼女はほぼ端正な顔立ちなのだけれど、口が開いたときだけバランスが崩れる特徴を持っていた。 「ねえ、どう思う? どうして彼が私の上に浮かんでいるのかな」  彼女の矛先が僕に向けられて、僕は答えを考えあぐねた。 「彼は……そうだな。君に会おうとしているのかな」 「そう、そうよね。そうなのよ」  彼女は肯定を重ねて一層にんまりする。きっと彼女の中では答えが決まっていたのだろうと思った。彼女は彼を愛していた。 「彼は私の心にいるのね。だから夢に出てくるの。でも彼は死んでしまっている。だけどね、私は思うの。彼は死を演じているのかもしれない。だって私の中で彼は生きているんですから」 「でも」  彼女の話が突飛な方向に行こうとするので、僕は慌てて口を挟んだ。「彼は実際死んでいるんだよ。君に会うことはもうない」 「わかっているわ。でも信じるのは勝手なの。いいでしょ?」  揚々と言ってのける彼女の瞳に狂気の炎が踊るのを見た気がした。  彼女が帰ったのは深夜だった。彼女の家は近い。ふらつく彼女の後を追おうとしたけれど、彼女は首を振って僕を遠ざけた。彼女は僕を必要としていなかった。  ★     ★     ★  次に彼女を見かけたのは、帰宅途中の路地だった。疲れを感じつつとぼとぼと歩いていると、道の先から男女の口論が聞こえてきたのだ。その女性の方は明らかに彼女だった。僕は嫌な予感がして、足早に道を進んだ。  彼女は公園にいて、相手の男に飛び掛からんばかりの勢いだった。僕は慌てて彼女に駆け寄り腕を抑えた。彼女は肩を震わせていた。 「おい、あんたが保護者か?」  相手の男が僕に追求してきた。丈の長いコートを着た、短い髪の、全く知らない男だった。 「友人だけど、似たようなものだよ」
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