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スーツ姿の人々が行きかう道の隅で、ベルの音が鳴り響いた。
「大当たり! おめでとうございます!」
「……え?」
私がこの場所でくじを回したのは偶然だ。仕事が上手くいき、気分が良い状態であった。そうでなければ、こんな路傍の宝くじなど引こうとは思わなかっただろう。
「はい、一等の1000万円です」
目の前にどんっと札束が置かれる。金額は聞いていたが、現金で目の当たりにすることになるとは思いもよらなかった。
普段目にすることのないピン札の山に、私は目を見開いた。「おぉ……」と、言葉にならない感嘆が漏れる。
「それじゃ、受け取るかな」
札束を握る私の手に力がこもる。周りをきょろきょろ確認し、それから素早く鞄にそれを仕舞い込んだ。
今日はなんて景気のいい日だろう。
★ ★ ★
私にはいきつけのバーがあった。会社と駅の間にある、路地裏の小さなバーだ。最初は会社の仲間に進められて赴いていたが、最近では専ら一人で来る。忙しい時期が続いていたのでなかなかこれなかったのだけれど、今日は気分がとても良かったので、私はそのバーに寄ることにした。
店の中の客数は控えめだ。訪れるときはいつもそう。少しくらい寂しいくらいの、静かな場所だった。
「あら、お久しぶりね」
そのカウンターの向かい側に立つ女性が、温かな微笑みを私に掛けてくれた。このバーのオーナーでありバーテンダーでもある女性だ。
「どうしたの? なんだか随分嬉しそうね」
「そうですかね?」
「顔に出ていますよ。いつもはこう、むすっとしているのに」
いきなり指摘されて、私はほおを緩ませながらカウンターの一席へと足を進めた。すでにそのカウンターでニ、三人の客がちびちびとカクテルを飲んでいる。私は両脇に誰もいない椅子を選び、荷物を足下に置いた。
「それで、何かありましたの?」
オーナーがそう質問する。私は彼女の反応を予想して胸を躍らせた。
「実はね、宝くじが当たったんですよ」
「まあ! ほんとに?」
彼女は口を両手で押さえた。目はぱっちり見開かれる。大袈裟すぎるくらいのリアクションだ。その様子を見て、私はすっかり浮かれて話を続ける。
「ころころってくじを回して、1000万円も手に入ったんですよ。ちょっとしたお小遣いと言うには多すぎますね」
「そんなにですか! それで気分が良くて私のお店に?」
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