序章 復讐の火付け

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 形容しがたい痛みだった。傷口は焼き固められていた。だが、傷の中、身体の中で炎が這いずり回り、暴れる。その激痛の中で少年は生きていた。焼け爛れたような右手とまだ炎に侵されていない左手で妹を抱きしめる。妹は既に炎の怪物に焼かれ息絶えていた。妹だけではない。父も、母も、近所の友達も、保育園の先生も、怒ってばかりいた爺やも、気前のいい魚屋の親父も、何もかもあの炎に呑み尽された。  燃え盛る家の中、自分だけがまだかろうじて生きている。いや、これは果たして“人間として”生きていると言えるのか。頭の左右が割れるような痛みを発している。眼球は今にも飛び出てしまいそうな程に見開かれ、その口から漏れるのは、最早人間の悲鳴ではない。 「あがああああああああああああああああああああ!!」  身を焼かれ、心を蝕まれなお吠える獣の声。何故自分達が、という怒りと何故自分だけが、という哀しみを焼きついた喉の底から絞り出す。  目の前にのっそりと現れたのは火の獣だ。四足に火を灯した幻獣。狐だろうか、狼だろうか。どっちだかわかった所で、少年には何の助けにもならない。小さな身体を喰らおうと火の幻獣が近づく。粘り気のある唾液が口から垂れ、その目玉がぎょろりと少年の妹に向かう。 「ざけんな……、喰らうなら俺を喰らえよ、この――」  少年が妹の前に立ち塞がる。それを幻獣は虫を払うかのように前足でぞんざいに吹き飛ばした。焼けた柱に背中から叩きつけられ、少年は血を吐いた。その血溜りが一瞬燃えたように見えたのは気のせいだろうか。  幻獣が咆哮を上げ、その牙を少女に叩きつけるその瞬間だった。
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