第1話 嫁募集中

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 嫁を募集している人はウェブ関連企業に勤めている男性だそうで、一見ヤクザな、やり手の感じの人だ。  好美が勤めるJプレスも含め、昨今の東京にはネットで稼ごうとの、その手の新興企業が万とある。  学生に毛が生えたような人とか、オタク的な変人、売名行為にしか関心がない自己チューな人、ノリはよくとも中身がなさそうな軽薄なタイプは、これまでいくらでも眼にしてきた。  しかし、と好美は考えて、告知記事を見つめた。 「愛する人と結婚したい」  クサいともダサいとも感じられる実直な言葉を、堂々とネットで宣言するこの人は、ひょっとして根は真面目で誠実な人ではないだろうか。  自己紹介には笑いを狙った冗談みたいな内容のものも含まれていたけれど、「尊敬する人」に「両親」と明記されているのが好ましく感じられた。 「楽しかったこと」に幼い日の妹とのクリスマスの想い出や、大阪で一人暮らしをしている姉のもとに家族全員が押しかけたことが挙げられているのが、微笑ましく思えた。  短い記述の合間から、家族想いの優しい人、長男としての自覚を持った、責任感が強くて男らしく、頼り甲斐のある男性の像が浮かび上がる。  彼の素朴さが、ヒシヒシと伝わってくるような気がするのだ。  それなりに素敵な男性に、三十年も彼女がいなかったのはどうしてだろう、といぶかってから、好美は苦笑した。  自分も似たようなもので、彼氏が、彼女がいないからというだけで、「変な人間」、と他人に勝手に決めつけられたり、無用に推し量られたくはないものだ。  ふと、瞼の裏に、病に伏せている祖母の面影が浮かんだ。  好美の実家は小田原で老舗のうどん屋を経営している。  仕事が忙しくて正月休み以来故郷の小田原には帰っていなかったところ、先月母に急遽呼び戻されたのだった。  週末に実家を訪れた好美を待っていたのは、布団で寝込んでいる祖母の姿だった。  父は好美が高校の時にすでに他界しており、亡くなった父に代わりうどん屋を切り盛りする母を、歳老いても風邪一つひいたことのない気丈な祖母が、隠居もせずに手伝っていた。  イケメン君と一緒に働いている方が若返るからね、と祖母は嬉々として若い店員に出前の指示を出し、一時も落ち着いていられないとばかりに、雑巾を持っては古い日本家屋の店を丹念に磨き上げていたものだ。  
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