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「わっ、スゴイよ、これ! 見て、見て!」
隣のデスクで、同僚の和子が甲高い声を上げた。
これまで静かだったオフィスに、まるでウワサのスターか春の嵐が到来したみたいな騒がしさだ。
「いったい、何なの?」
和子の向かい側の席から、いつもは冷静な富貴子まで、好奇心を押え切れないとばかりの声で応じている。
すでに五時過ぎだ。こっちは重要な企画の締め切りがあるのだから、おフザケに付き合っているヒマなんて、ない。
沢田好美はパソコンの時刻表示を気にしながら同僚達を無視し、製作中のパワーポイントに眼を凝らした。
我ながら、なかなか良くできたプレゼンテーション。
しかし、何か足りない気がする。
必要な情報は、すべて簡潔且つ的確に挿入し、視覚に訴えるチャートも効果的に配置した。企画のプレゼン時間は三十分だからスライド十二枚がメドで、枚数が多過ぎるでもなく、少な過ぎるわけでもない。
しかし、完璧なはずのプレゼンに、何かが欠けている。
どうしても、そう思えてならないのだ。
「ちょっと早く、好美もこっちに来て、見てご覧よ!」
急きたてる賑やかな声に思考をさえぎられ、好美は軽い溜息を洩らすと、座っていた椅子を滑らせて、和子の脇にすり寄った。
何かにやたらと興奮しているらしい。付き合ってあげないと、静かに企画を再考する時間は与えてもらえそうもなかった。
いつの間にやら富貴子まで席から腰を上げ、長いストレート髪をかき上げながら、興味全開という表情で、和子と一緒にパソコン画面をのぞき込んでいた。
「で、いったい何が、そんな大事だっていうわけ?」
好美が浮かない声で尋ねると、和子が振り向いて、信じられない、という好奇の喜びに顔を輝かせた。
「それがこの人、「嫁募集中」なんだって」
「ヨメ、って、嫁?」
どう反応したものか戸惑い、好美がついオウム返しに問い直すと、横で富貴子が鼻先で笑った。
「今時、嫁、なんて古臭い言葉を使っているところからして、この男、ちょっとズレているんじゃない?」
「でもさ、そういう素朴さって、悪くないじゃん。
この人、これまで三十年間彼女がいなかったんだって。要するに、生れてこの方女性と付き合ったことがない男、ってことでしょ?」
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