第1話 嫁募集中

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「それって、群馬に住んでいる人、ってこと?」 「違うよ。東京で仕事している人らしい。でも、長男として、いつかは実家に戻って両親の老後をケアする責任がある、とか書いている。 これ、アウトだよね。長男、っていうだけで面倒臭そうな上に、両親の老後、なんてハッキリ書かれたら引くよ。 あーあ、やっぱり条件がそろったイイ男って、もう残っていないんだ」  一緒に笑ってはみたものの、「長男として」という言葉に、ピンとくるものがあった。  好美は急いで眼の隅でサイトのアドレスを確認してから、再び椅子を滑らせて自分のデスクの前に座り直した。  和子に悟られないように、しかつめらしい表情をつくろいながら、好美は自分のパソコンで「嫁募集中」のサイトを立ち上げた。  冗談としてではなく、もう一度ゆっくりと内容を検討してみたくなったのだ。  嫁を募集している男の言葉を、読み返してみる。 「ふと気づけば仕事ばかりの毎日、何か一つ足りない。「それは愛だ」と」  書き込まれた言葉が、まっすぐ心に飛び込んできた。  まったくその通りだ。  彼の言葉に共感を憶えると同時に、製作中だったプレゼンに何が欠けていたのか、唐突に閃いた。  それは、顧客に訴えかけるもの、熱いメッセージに他ならない。  パソコン画面をパワーポイントに切り替え、最初のイントロのスライドと最後の締めのスライドを大幅に書き直した。  単なるまとめを挿入する代わりに、プレゼンで顧客に何を伝えたいのか、客側にとって我が社の提案の利点は何か、要点を大幅に絞り込み、効果的に強調することにした。  このプレゼンで伝えたいメッセージとは・・。  パワポと格闘している好美を残して、「また明日!」と同僚が次々に退社し、見渡すとオフィスに一人取り残されていた。  彼氏がいない身には、あっという間に過ぎ去る時間が気になる、デートの約束があるわけではない。仕事に熱中しているうちに、気づくと遅い時刻になっていることがたびたびだ。  好美は思わず溜息を洩らし、企画のプレゼンテーション最終版をファイルした。  ふと思い出して、先ほどの「嫁募集中」の記事を再びアップした。じっくり読み返してみたかったからだ。  いかにもエイプリルフール向けの、フザけた告知記事には違いない。  
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