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祖母が昼間から布団で寝ている姿など記憶になく、好美の胸が痛んだ。
「おばあちゃん、帰って来たよ」
好美が耳許で呼びかけると、祖母は薄く眼を開け、微笑を浮かべた。
「好美ちゃんか。ちょっとこのところ具合が悪くなっちゃって。夏子さんの足手まといになりたくないから、ちゃんとしたいとは思うんだけれどね」
祖母が布団の上で無理に起き上がろうとしたので、好美は急いで制した。
「おばあちゃん、ちゃんと寝てなきゃ駄目よ。ゆっくり静養するように、ってお医者さんにも言われたはずでしょ?」
「でも、この忙しい時分に、申し訳なくて」
「さあ、そんなこと心配しないで、ちゃんと休んでちょうだい」
祖母の布団を掛け直してあげながら、言いようのない不安が好美の胸を襲った。
正月に逢った時にも少し痩せたように思えたのだが、布団に寝ている祖母の身体は、更に小さく縮んだように見える。
祖母が瞼をつむり眠ってくれたのを見届けてから、好美はジーンズの上に持参したエプロンを掛けて、階下の店へ出た。
うどん屋の二階が住居部分になっており、古い木の階段は踏み締めるたびにきしみ、不吉な音を立てた。
昼食時のうどん屋はまさに戦場のごとき忙しさだ。
好美は勘定場にいた母と交替し、訪れた客に「いらっしゃいませ!」と元気に応対し、次から次へとレジを打って釣銭を手渡し、「ありがとうございました。またお越し下さい!」と食べ終えた客に威勢よく声を掛けた。
父に死なれた高校生の頃から店を手伝っているので、レジを扱うのも、配膳や片付けにも馴れている。
お昼時のラッシュアワーが終了し客が帰った後、好美は母とまかないのうどんを前にテーブルで向かい合った。
海老と小貝柱がたくさん入ったかき揚げうどんは、どこの店のうどんよりも美味しい、といつも自慢に思う。
うどんを食べ終えてしばらくしてから、母が内緒話をするかのような細い声で呟いた。
「電話では言いにくかったんだけれど、・・実はおばあちゃん、・・ガンなの」
ガン、という言葉に好美は茫然とした。
その悪い知らせを、信じたくはなかった。父もガンで亡くなったからだ。
まさか、と思いつつ、好美は不安を呑み込み、祈るような気持ちで母の顔を見つめた。
「それで、おばあちゃん、・・悪いの?」
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