第1章

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そんな日に限って、お客様からもらったチップはロッカーがないので、仕方なく廊下に脱ぎ捨てていた着替えの衣装のポケットから決まって、あとかたもなく消えていた。 先輩のお姉さま方から、コミックがいないとお客さんがいじる相手がなくてつまらないからイクラを笑い役に戻すようにと言われて、やむなくママはイクラを田舎のお加代ちゃんに戻した。 それから、先輩のお姉さま達の逆襲が始まった。 潤平はショータイムの中でお地蔵さんになる役の時に、濡れタオルでしたたか打たれるはめになってしまった。 あるときには、濡れタオルが首に巻きついて呼吸が止まったことがあった。 あわててママが救急車が呼んで、一時は店中が大騒ぎになったが、潤平は病院で息を吹き返し、それ以降店でタオルで打つシーンは打つ真似をするように変えられた。 こうなると潜入レポも命がけである。 潤平の衣装とメイクの早変わりは大評判を取り、店の売り上げは右肩上がりになった。 アラブの王様からお地蔵さん、マリリン・モンロー、白鳥の湖と早変わりをして出ていくと、お客さんから、 「ほぉ~っ!!!!!」 と歓声が上がり、 客を口コミで連れてきた常連客は、 「どうだい、さっきとぜんぜん違うだろう!!!」 と得意気に連れてきた客を見た。 しかし、潤平は接客はあまり上手くなかった。 話題を振るのもなかなか上手くいかなかったし、酒も飲めなかった。 一度、ブランデーを濃く作ってしまって、客が 「こんな強いの飲めるか!!!  お前が飲んでみろ!!!」 とグラスをつきだした。 潤平は酒を飲めないのをわかっていたママだったが、 相手がヤクザだったので、場をおさめるために潤平に言った。 「一気に全部飲みなさい。 ぶっ倒れてこのあと仕事ができなくてもかまわないから。」 前にタオルで窒息死しそうになった記憶が甦ってきた。 一生この仕事をやる気で入った訳じゃない。 潤平は断った。 ママの目がつり上がった。 「ふざけるんじゃないよ、お前何様だと思ってるんだい。」 ママは思いっきり潤平の右頬を打った。 そのまま往復ビンタが帰って来た。 潤平は床に倒れた。 店長が来て、床に腹這いになっていた潤平の腹を蹴り上げた。 「もうそれくらいでいいだろう。」 ヤクザが倒れた潤平の顔にブランデーを上から垂れ流しながら言った。
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