おばあちゃんの記憶

6/7
5人が本棚に入れています
本棚に追加
/36ページ
その音が止んだ。いや、正確には気づかなくなった。 カナカナカナ。 カナカナカナ。 カナカナカナ。 むしろ激しさを増して鳴いているにも関わらずだ。 「おばあちゃん、何、この音?」 風呂から出てきた孫娘のまりこが聞いた。けれども、老婆は返事をしない。 「おばあちゃん、寝ちゃったの?」 まりこは聞いた。テレビの音もせず、聞こえてくるのは虫に音だけ。そう思うのもしかたなかった。しかし、実際に居間に行くと老婆は目をパッチリと開いて起きている。 「なんだ、起きているんじゃん。返事くらいしてよ」 「・・・」 返事はない。ただ、不思議そうにまりこを見ていた。 「お、おばあちゃん?」 心配になり駆け寄った。 「おばあちゃん、返事してよ」 まりこは叫んだ。けど、老婆が言うのはこんな言葉。 「あんた、誰だい?」 記憶がない。さっきまで自分と会話していたのに、完全に自分のことを忘れている。 「誰って、まりこだよ。孫のまりこ!わかんないの?」 「まりこ?孫?なんのことか、さっぱりだよ・・・」 まりこは凍りついた。
/36ページ

最初のコメントを投稿しよう!