虫の音

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電柱から街灯が伸び、それが下にあるゴミ箱を照らしている。真夏なら、その街灯に蛾が舞い遊んでいるだろうが、まだそんな気温ではない。街灯には一匹の虫もいない。 それなのに聞こえてくる。 「ん?」 カナカナカナと言う蜩にも似た音。 「どこにいる?」 男は声の主を探すが、所詮、相手は虫だ。声は大きいけれども姿は小さい。見つからなかった。 まだ、虫の音はするが、それよりも今は買い物だ。右手にあるコンビニに男の足は向いた。 自動ドアをくぐると小気味いい音が迎えてくれた。 「いらっしゃいませー」 店員も元気に挨拶してくれた。それを気に留めることなく店内を回った。 「何にするかな」 晩飯を買おうと思ったが、あいにく弁当はほとんど売り切れだ。残っているのは幕の内弁当くらいなのだが、正直、幕の内弁当は好きではない。あの何がメインかわからない、何でもありと言った風なのが、むしろ食欲を減退させるのだ。 「いいのがないな・・・」 しかたなく冷蔵庫の扉を開けビールを三本、それとつまみになればと、魚肉ソーセージのパックをカゴに入れた。 そしてレジで言う。 「コロッケとアメリカンドック」 完璧だ。誰に対してではないが、男は何か自分の選択に誇らしげだ。鼻息荒く店を出た。 カナカナカナ。 「ん?」 また聞こえてくる。店内にいた時にはまるで聞こえて来なかったのは、有線放送が流れていたからだろう。 「何の虫だろう?」 そうは言うが、今は虫よりも晩飯だ。せっかく買ったコロッケが冷めないうちに家に帰りたい。男の足は急いでいた。
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