不機嫌な彼女

1/9
61人が本棚に入れています
本棚に追加
/40ページ

不機嫌な彼女

 ここ最近、マミはずっと不機嫌だった。 好きで好きで、追いかけ続けた"あの"類と、やっと結ばれる事ができた。 天にも昇る気持ちだったのも束の間、次に会った類の隣には、なんとなく暗そうで、無駄に美人な女が立っていた。もちろん、沙和子の事である。 沙和子が現れてからというもの、類は常に、マミの事などまったく視界に入らない様子で、沙和子の事ばかり気にかけている。 誰にでも同じ笑顔を向けていた優しい類は、沙和子の前だと、意地悪く笑ってみたり、呆れてため息を吐いてみたり、可笑しくてたまらないというように笑い転げてみたりと、表情をころころ変える。 マミがそれを、「見たことのないあなたを見ることができた」、などと思えるわけがなかった。 自分に向けられていた優しげなあの笑顔が、全てあらかじめ用意されていた、大量生産の仮面なのではないかと考えると恐ろしかった。  類が初めてマミのマンションに泊まった日、類の様子は明らかにおかしかった。 連絡もせずに急にやって来て、「キッチンでいいから泊めてくれない?」と言った。 あの時の衝撃は忘れられない。 驚きと幸福感で、マミは倒れそうだった。 類が自分を頼って、自らマミの所にやってくるなど、妄想でも考えたことがなかった。 だからあの日、類の様子がおかしかった事や、その他諸々の疑問に、マミは気付かないフリをした。 後から考えれば、マミならばうるさく事情を訊いたりせずに泊めてくれるだろうと思っただけなのかもしれない。 とにかくマミは、今日を逃せばもう二度とチャンスはない、とばかりに類に迫り、「絶対に付き合ったりしない」という条件付きでベッドを共にしたのだった。 類の背中に無数の傷があることも、その事についてあまり触れられたくないようだということも、マミはすぐに気が付いた。 もともと勘は鋭い方だし、良く気も利く。 類が側にいてくれるというならば、類に嫌われるような振る舞いや、類の勘に障る失言は絶対に避けなければいけない。 この日のマミは、実の所、類の「絶対に付き合ったりしない」をまったく信じていなかった。 自分の努力と魅力で、どうにかその言葉を覆してやろうと、闘志を燃やしていたのだった。
/40ページ

最初のコメントを投稿しよう!