真夜中の校舎で歌う

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「みてみて冥くん!あれが都雲高等学校名物、“五分遅れの時計台”だよ!」 「冥さん。俺、ノーミュージック・ノーライフっす」 「いや、人の話聞いてたかお前ら」 この二人に対して今さら何かを期待していた訳でもなかったが、俺はさらに深いため息を重ねた。 「ルールの暗唱なんかしなくても大丈夫だって!私たち、もう慣れてるもん」 そう言って口をわざとらしく尖らせたのは、今回のミッションにおけるディフェンダー、田中檸檬。 こないだ十九歳の誕生日だったとかなんとか言っていたが、目一杯背伸びをしてみせても背丈は俺の半分しかない。いわゆるチビっ子だ。 「違うよ!冥くんの背が高すぎるんだよ!私はチビっ子じゃないもん、立派なレディだもん!」 「自分の名前ぐらいは漢字で書けるようになったのか、レディ?」 「名前はカタカナでレモンでいいの!そのほうが可愛いもん!」 いやしかし、親御さんもまた酷な名前を娘に付けたものだ。子供の頃は名前が漢字で書けないと馬鹿にされ、書けるようになったところで得をしたことは一度もないらしい。 やや無理矢理感のあるツインテールと化粧っ気のない童顔。「レディ」を名乗るには十年早いが、世舟曰く“それはそれで需要があるんすよ”とのことだ。よくわからんが。 「でもレモンさん」 その世舟が、慣れた手つきでイヤホンのコードをリールで巻取りながら口を開く。 「面倒なのはわかりますけど、ルールの暗唱もまたルールっすよ。やるべきことはやるべきっす」 正論。確かに正論。 だがお前だって、スマートフォンの操作に気を取られてさっきの俺の暗唱をまるで聞いていなかった筈だ。偉そうなことを言える筋ではない。 彼は恩田世舟。このエリアでは最も実戦経験のある貴重なサポーターだ。「よふね」ではない。「せいしゅう」と読む。普段はフリーターとしてバイトに励む傍ら、アマチュアロックバンドでベースを弾いているらしい。 スマートフォンにインストールされたミュージックプレイヤーでいつもランシドを聴いていて、「やっぱマットのベースソロは痺れるっす」とか言っている。 その鬱陶しい髪をそろそろ切ってくれと会うたびに言っているのだが、もっと伸ばしてからモヒカンにするんだといって聞いてくれやしない。 こうしてダイブの時ぐらいにしか顔を合わせることはないものの、見ているだけで暑苦しくなる風貌は勘弁して欲しいものだ。
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