第1章

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 ***********************************  兎の眼はピンクであった。  チョッキを着ていた。白い毛で覆われた兎だった。  アリスは、退屈だ。絵の無い本が退屈だ。花を摘むつもりもちっとも存在しない。  兎が現れた。  兎が言った。 「大変だ、大変だ。遅刻してしまう」  アリスは驚いた。  兎はポケットから時計を取り出した。金の懐中時計だ。取り出した時計を兎は見た。  アリスはそれを見て不思議に思った。  兎は跳ねた。アリスは追った。  兎は垣根のそばの巣穴に入った。アリスも追った……   ***********************************  ディスプレイに出力された文章を見て、自然にため息が出た。  なんだこりゃ? 読めないことはないが……、読めないことはないというだけで、先を読む気がまったく起きない。  どうしてこんなことになっているのだろう? WEB上の機械翻訳だって最近はもっとましな文章を練り出すことができるというのに……。  思い当る節は無いでもない。文章化部分、つまり執筆を担当するモジュールには自我が無い。正当な自己評価を行う機能が割り当てられていない。書いたら書きっぱなし。今回は、作風や文調などのパラメータをゆるく設定しすぎたのかもしれない。  現在僕達が取り組んでいる研究。それは、物語の自動作成。コンピュータによる物語の執筆システムの開発だ。  機械が如何に人間らしく小説を書けるようになるのかということを研究している。人が書いたものと遜色ない文章が出来上がればこの研究はゴール――つまりは成功したといえる。何も作家の仕事を奪おうとしているわけではない。ただ人間らしさとはどういうことなのか? を知るためのひとつの方策、アプローチの仕方にすぎない。  しかし、今の段階では、さっき読んだもののような不自然でいびつな文章しか生みだしてくれない。もちろん過去の作家や作品を指定して、誰それ風になんて制約を課してやると、もっとうまく読めた文章を捻り出してくれるのだが、それはあくまで模倣でしかない。  難しいのはオリジナリティを出すことなのだ。
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