第1章

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正月も終わり、二十日を過ぎようとした頃…… 「お父様がお探しになってらっしゃいます。書斎にいらっしゃいますので直ぐお越しください」 朝食を摂ろうと部屋を出た所で奉公人の一人が俺に声をかけた。 『わかった。今から行ってこよう』 ギシギシと歩く度に音の鳴る冷えきった長い廊下を真っ直ぐに進み、時折すれ違う奉公人と朝の挨拶を交わしながら、父の書斎に向かう。 話は分かっている。 俺の見合いの話だ。 するまでもない。会う前から式の日取りまで決まっているのだ。 コン。コン。 軽くドアを叩くと中から直ぐ様「入れ」と、声が聞こえる。 声がする方へ歩みを進めると、西洋式の椅子に腰掛けた父親が入り口に背を向け座っていた。 「見合いの件だが、来週に決まった。詳しい事は島津に聞け」 父は読んでいる本から目を外す事なく一方的に一言そう言い放つ。 『わかりました』 業務的なそれだけの会話で、来た道を引き返す。 今まで親子らしい会話をしたこともなく、これが至って当たり前の会話である。
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