好きと信頼は必ずしも=とは限らない

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そして金曜、仕事上がり。 更衣室を出る時、ぱらぱらといる他の社員に同じ受付の人間もおらず、単なる習慣のような「お疲れ様です」を呟いた。 廊下を少し歩いてエレベーターに向かう途中、角を曲がったところ。 壁に凭れて、立っている。 「お疲れ」 「……お疲れ様」 今までと変わらないことに、安堵していいのかどうかわからない。 それでも……するりと伸びた手が私の腕を掴み、手首まで降りたとき。 見下ろしてくる視線は、優しくて尚且余裕で。 「もう怒ってねえの?」 「別に、最初から怒ってないよ」 「そう?」 土曜の朝、突然帰ったときのことだろう。 一週間も放置しておいて、今更彼がそれを気にしているようには見えないのだけど敢えて口にするところが、上手いなぁ、と思った。 手首の内側を撫でる人差指の感触に宥められているような気分だ。彼は当然のように手を引いて、社内を歩いて地下駐車場に向かう。 その当然こそが特別なような気がして、ほだされてしまって。 結局、この一週間悶々と抱き続けた不安は、なかったことに、なってしまった。 「何食べたい?」 「お好み焼き」 「お好み……」 はは、と楽しそうに笑って、助手席のドアを開けてくれる。 「じゃあお好み食ったら、うちな」 断られるとは思ってない、この図々しさに流されるのは惚れた弱みとか言うやつか。 そんな事が頭を過ぎりながら、結局私は大人しく従うのだ。
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