第1章

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細長い路地裏を下っていくと彼の家がある。 わたしにとって彼はとてもとてもとても輝く宝。引き寄せられ巡りあった。魔力、願望、理想、外の国への気の遠くなるような感情。すべてが奥に秘められゆらゆらときらめいていた。 「すぐにキスをせがむね。気持ちいいかい」 低い息づかいが心臓を熱くする。わたしは彼…トルコ人男性と一年間付き合っている。多情多感で未来に不安を感じやすい自分にとっては心の支えとなっている。 「国に帰らないで」 「まだまだずっといるよ。気にする。なぜ?」 わたしは背を向けた。彼にいっぱい抱きついてキスしたいのに。いつかは離れないといけない日が来るのかな。窓には白昼の月が浮かんでいる。 「本当に本当においしいわ」 「ありがと。でもおいしいおいしいってそれしかいわないね」 彼はフフと鼻でくすくす笑う。 「だっておいしいのはおいしいんだもん」 「あはは」 夜は激しい。暗室での腰づかい、吐息、ふらつく毛の一本一本まで…。一瞬持ち上がるかのような暖かい波。押しつぶれそうになるのに彼は底からすくいあげてくれる。 「好きなの」 「おれも」 なにか大切なことを置きざりにしている気がする。こんなにも愛されているのに不安になる。彼は目の中に入れても痛くない。深く深く深く深くにあなたがいて…。 夜になったらまた会える。でも昼はお客さんがいるから会えない。挙動不審で日本人が外国人に一途な恋をしていると思われたら、なんだか恥ずかしい。 『世界で一番素敵だよ』 『君がいるから毎日が幸福だ』 歯の浮く台詞なのにうれしいのは自分がいままで男性にもてなかったからだ。話をしたり遊んだりからかわれたりする。異性からちやほやされる経験がなかった。だからなんでもいいから誉めてほしい。 …贅沢なのかな。 ずっとそばにいたい。いつかは壊れてしまうかも。仮にこの場所から離れて遠くの街に住む。そしたらもうわたしはすっかり気を落として他の男とは付き合わなくなるかも。 彼に抱きついた。その行為の意味がわからなかったせいか、首を傾げている。 「言葉が伝わらなくても、こうしていていいよね」 「もちろんそうだよ。気にしなくていいずっとここにおりなよ」 わたしは現在も彼に甘え続けている。
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